2011年03月31日

あれから20日

 早いとも遅いともなく、ただ20日が過ぎたのかと、改めて思いました。
 自分の中のヒステリックともいえる感情と折り合えない日々が続いていますが、ある意味平穏だからこそ、そんな甘えたことがいえるのでしょう。


 私はイベントというか、興行に関わる仕事をしていますが、明日は新規プロジェクトのプレゼンをします。
 それは、農業に関わる案件です。全く畑違いの、とんちんかんな提案と受け取られないかと不安ですが、うちの会社で却下されたら他社に持ち込んででも形にしたいと思ってます。

 坂本竜馬を引き合いに出すのはおこがましいですが、私なりに「利」をもって説得するつもりです。間接的にでも、将来的に被災地の方に喜ばれるような絵を描きたいです。
posted by 白圭 at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月30日

まだ風は冷たいですが

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 いつのまにか咲いてました。
posted by 白圭 at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月29日

『翔ぶが如く』より

 「たとえていえば幕末の日本の志士的活動家ほど、不明快な情念でうごいていた連中はない。
(中略)
 攘夷をして実際に勝ったところでどうなるのか。どうなるということも、どうするということも考えなかった。昂奮状態にある婦人に似ていた。」文芸春秋刊 第三巻141頁より


 ちょっと引っ掛かった文章でした。
posted by 白圭 at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月28日

猫を預かるかもしれません

 仙台から帰った翌日、当初は往復で四日かかると見込んでいましたが、かみさんのがんばりで三日で帰れたので、一日オフにしようと思っていました。
 ところが、かみさんのお母さんのお兄さん(「おじちゃん」)が、入院したとの一報が入りました。長い間療養生活を送っていましたが、体力が衰えて手術に耐えられるかどうかという状態だそうです。休日四日目には、かみさんと一緒にお見舞いに行きました。
 今日もかみさんはお見舞いに行っています。

 これまで、おじちゃんの所謂在宅介護は、お義母さんが主にお世話してきました。お義母さんは五人兄弟なのですが、現実的に面倒を見る時間がとれるのはお義母さんだけです。

 おじちゃんの入院が長期化する可能性が出てきたところで、お義母さんがかみさんへ一つの相談を持ちかけました。お義母さんが実家で飼っている猫を、我が家で預かってくれないかということでした。
 お義母さんはとある島に住んでいて、おじちゃんが入院している病院へはフェリーを使わないと行けません。通うのは大変で、病院に張りつくとなると猫の世話をしてくれる人がいなくなります。

 かみさんから(期間限定ではあっても)4匹目の猫を預かる話を聞いたとき、私は「困ったな〜」というのが第一声でした。
 我が家のかわいこちゃんズは、もともと結婚前にかみさんがグレーと白の猫をほぼ同時期に飼い始めていました。その後私が居候したかっこうです。結婚した年に、3匹目の黒猫のもらい手がみつからず、我が家で引き取ることにしました。軽い気持ちで引き受けましたが、手のひらに乗るぐらいの赤ん坊だった黒猫が加わっただけで、お姉さん猫の二人は警戒心を解きませんでした。私の印象では、ほぼ一ヶ月ぐらいは押し入れかどこかに姿を隠し、いつご飯を食べているのか、トイレをちゃんと済ませているのか、水を飲んでいるのか把握できなかったほどです。
 今はお姉さん猫たちは10歳を超え、黒も8歳となり、随所に衰えを感じさせています。そんな中、おっとりしているとはいえ、かなり大柄なお義母さんの猫を預かって、うちの子たちは大丈夫だろうかと不安ばかりを感じてしまいました。
 とはいえ、お義母さんも他に頼める人がいるわけではなく、正直に言うと「渋々」引き取らんといかんだろうな〜、という後ろ向きな気持ちでした。

 そんなもやもやした気持ちのどこかで、別にひっかかるものがありました。それが何なのか、はっきりとわからないまま数日が過ぎましたが、ある時ふと「あ、そうだったのか〜」と考えがすっきりまとまりました。

 家を失い、避難所で暮らす被災者に心を痛めながら、今目の前で困っている猫(とお義母さん)に手を差し伸べられなくて、一体何ができるんだと。猫も、東北の被災者も、ニュージーランドや四川の被災者も、命にはかわりはないじゃないかと。

 実際に引き取れば、かわいこちゃんズには相当なストレスがかかるはずですし、それが私とかみさんいも影響を及ぼすこともあるでしょうが、せめて頼ってきたお義母さんには「快く」引き受けなくてはならないように思いました。いいかっこをしているわけではありませんが、身近に救える生命を放っておくわけには、少なくとも3月11日を経た私には「やってはいけないこと」のように思えました。

 考えてみれば、いきなり連れてこられるお義母さんの猫も相当な負担を強いることだと思います。
 どうなるかわかりませんが、がんばりますよ!
posted by 白圭 at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | かわいこちゃんズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

ボクシングの話題

 本日、東洋太平洋スーパーバンタム級タイトルマッチが刈谷で行われ、大橋弘政選手が二度目の戴冠をしたようです。
 http://ameblo.jp/mico-banzai1225/entry-10842916834.html

 スプリットデシジョンながら、ボクモバによれば接近戦でのショートアッパーやボディが有効だったとのこと。
 私は昨年の秋、長谷川選手、粟生選手の世界戦の時に大橋選手の試合を見ました。激闘型のイメージがあった大橋選手でしたが、ジャブを多用した戦い方が印象的でした。
 会場で観戦はできませんでしたが、個人的に明るいニュースでした。
posted by 白圭 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | BOXING | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

義援金

 昨日、1,000円振込みました。
 ちゃんちゃらおかしかろうと、今後も続けますよ。
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2011年03月25日

すげぇー( ̄□ ̄;)!!

 台湾の募金総額が、57億円集まったとか。
 仮に立場が逆だったら、俺は募金しただろうか?日本人がこんなに協力したかしら?

 台湾のみなさん、この御恩は忘れませんよ!
posted by 白圭 at 14:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月24日

とりとめもなく

 長野のサービスエリアかと間違いそうになるぐらい寒い名古屋で、
 実家よりもえがちゃんみたいにいわきとか相馬に行けばよかったかな?と若干後悔しつつ、
 放射能に関しては何かあるときはきっとどうしようもなくて、逆に大丈夫ならとことん大丈夫だろうと妙に気が大きくなったり、
 一方で義援金を送ったことで満足してるな!的ブログを見て「みんなそんなに大した人間じゃなく、理屈じゃポスト義援金のことに意識を持っていかなきゃいけないとは理解できるが、まるで義援金を供出した人と義援金詐欺師は本質的には変わらないみたいに書かれるのは哀しいな」といつまでもうじうじしたり、
 そうこうしてるうちに宮城中部で震度5弱ってニュースを見て即実家に電話したら「全然たいしたことないの〜」という地震慣れした母が頼もしくもあり、同時にそんなことに慣れなくても・・・とちょっぴり不憫に思えたり、
 結局今の日本には二種類の人しかいなくて、それは「被災した人」と「被災しなかった人」で、名古屋の人間にはどこまでいっても綺麗事しかいえないのかと胸がひんやりするような無力感を覚えつつも、どこかで共感できるはずと信じたい自分もいて、
 なんやかんや揺れ動きながら、びっくりドンキーで遅い晩飯を食べてます。

 ただ、これだけは確信しています。

 きっと、まだ何も始まっていないんだと。いろんな意味で。もちろん何も終わってなんかいないんだと!
posted by 白圭 at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月22日

名古屋→仙台→名古屋

19日
 9時からレンタカーを予約していたが、かみさんとともに起きられず。結局10時30分頃にレンタカー店へ。スタッドレスタイヤ装備のプリウス1.5リットルを予約。結果的にこの車種選択が大正解だった。「どちらに行かれるのですか?」と店員に聞かれて「新潟から山形へ・・・」と虚偽報告をしたが、店員の顔色が変わる。「ガソリンにはくれぐれも気をつけてくださいね」と心配された。貸し出しを止められなかっただけでもラッキーと思わねば。
 前日に食料(米10キロ、青物野菜、卵、じゃがいも、真空パックされたにしんの煮付け、おでん種などの温めるだけで食べられるもの、レトルトカレー、チョコレート、おせんべい、インスタントコーヒー、父が好きな紅茶パックなど 約15,000円分)を買い込んでいたので、この日はホームセンターへガソリンの携行缶、灯油タンクを買いに行く。事前の電話リサーチにより、携行缶は結構な数があった。併せて水(2リットル×6本)、カセットガスボンベ6本が売りに出ていたので即購入。周囲の「買い占め?」という視線にも負けず、12時過ぎにいざ出発。
 名古屋インターから小牧で中央道に乗り、長野自動車道→上信越道→北陸自動車道というルートで新潟を目指す。
 渋滞には一切遭わなかったのもラッキーだった。鹿児島ナンバーのタンクローリー、パーキングで休憩している大阪の消防隊に方々など、目にする度に「お願いします!」と両手を合わせて拝んでいた。
 長野県内までは、ガソリンの残量メーターが1目盛りも減らず。ハイブリットの威力は恐ろしいくらいに素晴らしい!
 16時前に駒ヶ岳SAで休憩。ハイウェイインフォメーションで、制服をまとった女性に今後のSAでの給油情報を伺ったところ、「梓川では○○リットル、松代では△△リットル、米山では××円まで、黒埼は朝の段階で情報が入ってきていません」と、懇切丁寧に教えてくれた。地図に蛍光ペンでマークまでしてくれて、彼女のプロフェッショナリズムにかみさんともども感激する。
 19時過ぎ、柏崎インターの手前の米山SAで初の給油。目盛りは2つしか減っていないが、念のため満タンにしたかった。スタンドの方に「制限はありますか?」と尋ねたところ、「今ローリーが来たばかりなので、満タンOKですよ」とのこと。大型車が集団で列に並んでいたのは、スタンドへの補給待ちだったかと納得。給油量は約15リットル。名古屋から柏崎まで15リットル!? すげえよ、プリウス!
 ここで、夜間の山道は避けようと、新潟市内での宿泊を手配する。楽天トラベルを利用しようとしたが、IDとパスワードを忘れてしまい四苦八苦。結局ヤフービジトラで、セミダブル4,800円(2人分)の「訳ありプラン」を予約。21時頃に新潟駅南口のホテルに到着。「訳あり」は、「低層階で冷蔵庫がない」ということらしいが、二人とも「全然OK!」。近くの居酒屋「翔ぶが如く」で、地ビールで乾杯。店員さんが山形出身で、お知り合いが2,3日前に仙台へ行ったとのこと。道順などを詳しく教えていただいた。ウーロン茶もサービスしてくれて、親切なお店でした!

20日
 前日の家族会議通り、9時にチェックアウトできた。山道は明るいうちに通りたいのと、午後から天候が崩れるという予報を考慮してのこと。
 ナビの入力が不適格で、一度Uターンをせざるをえず、一瞬車内が険悪になったが、無事新潟亀田インターに辿り着く。荒川胎内インターを降りて、小国街道→南陽市→上山市まで国道の山道に突入。昨日も妙高の辺だったか、トンネルを抜けたら急に雪がうずたかく積もっていて面食らったが、小国街道も道路脇には2〜3メートルの雪の壁があった。除雪が完璧で、車道は凍結もなかったが、夜間に初めて通るのは厳しそう。
 関川村を越え、小国町にさしかかる頃から、ガソリンスタンドの休止、またガソリンを求める車両が目立ち始める。小国町の道の駅で、自動販売機の大半が「売り切れ」表示だったのを目にし、今さらながら災害のリアリティが増してきた。小国高校生徒会が募金を募っていたので、20円を募金箱へ投入。少なくてゴメン!
 南陽市を抜け、上山市に入ったところで、ガソリンスタンドへ車両が何十台も続く姿に初遭遇。スタンド向いのコンビニに入ると、お弁当、おにぎりは皆無。アイスも「停電で溶けたものが固まっています。それでもよければどうぞ」という貼り紙が貼られていた。仙台での自分たちの食料用に、比較的残っていたレトルトの麻婆飯と豚汁を2個ずつ購入。「被災地に向かっている」ことを痛感。
 上山インターから東北中央自動車道に乗り、山形自動車道へ入る。前日は村田インターまで通じていると報じられていたが、この日は一つ手前の笹谷インターで通行止めのとこと。ラジオも東北放送が入るようになると、被災地の情報が詳細に流れてきた。
 川崎町の道路で一部ひびが入っており、その後の道程に不安を抱いたが、結局大きな欠損には遭遇せず。道沿いの林に猿が2匹確認できた。何もなければ、かなりテンションが上がったはず。
 途中で山形交通の仙台行きのバスが先行しているのを発見し、「あれについていけば駅前まで行ける!」と妙に安心する夫婦。ナビの案内と違うルートをとったが、ここは山交バスを信じることにした。幸いここでも渋滞に遭わずに仙台市内の広瀬通りに辿り着く。

仙台市内
 思ったより街中に人が多く出ていた。路面店はほとんどが閉まっていたが、開いているお店ではお弁当を売っていたり、ラーメン店の前では十人ほどの列ができていた。建物が倒壊している様子はない。タクシーの車両が多いのが目につく。
 駅の脇を通り抜け、我が家へ到着。路上駐車の車が多い。3日ほど前に「週末にそっちへ行こうと思うんだけど、何か欲しいも・・・」と電話したところで「あ〜、来なくていい。帰れなくなるから」ととりつく島もなく断られていたので、いきなり家のチャイムを鳴らす。驚く母。感動の再会の前に、積んできた荷物を降ろすのが優先だった。
 持っていった荷物で、特に喜ばれたのはやはりガソリン。食べ物ではお米と卵。父と叔母は連日買い出しに行っているそうだが、卵はなかなか手に入れられないそう。お菓子や甘いものは結構備蓄があったみたいだった。
 我が家は仙石線というJRの路線で、仙台駅の一つ先の榴ヶ岡駅の近く。現状は電気、水は使用可。ガスは使えないが、石油で給湯(?)しているらしく、風呂にも入れるそうでかなり恵まれた状況。電話で話せていなかった父も元気そうで、一安心。
 一休みして、街中へ徒歩で出かけた。ガソリンスタンド町の長蛇の列があちこちにあり、河北新報の前の道が通行止めになっていたりと、比較的平穏とはいえ緊張感のある街並み。アポなしで新日本仙台ジムを訪ねたが、閉まっていた。二軒ほど隣のおそば屋さんが店先を片づけていらしたので、「この辺はガスは通じていらっしゃいますか?」と尋ねたところ、「うちはプロパンだから」と笑顔でお答えいただいた。ばかな質問をしたな、と思いつつ「ご苦労様です」ととんちんかんな返答をする私。
 それにしても、スタンドというスタンドで車が長蛇の列をなす。どういえばいいのか、道の角にスタンドがあると、次の曲がり角に店員さんが立って後続を誘導している。ほぼ区画を一周するほどに列が続いていた。5〜6時間待っても買えるかどうかと言うのは、まったく大げさな話ではない。
 歩く途中に目にした自販機は全てが「売り切れ」。コンビニは新聞紙でガラス面を覆っている店舗ばかり。かみさんの「買い食いできるって、相当ぜいたくなことなんだね」ということばに大きくうなずく。
 元の職場がある商工会議所へ行くと、私の後釜がたまたま出勤していた。かれは11日は横浜の本社にいた。正直仙台に戻っていないだろうと思っていたが、14日にはどうやら本社の常務の制止を振り切り、新潟経由で車で戻ってきたらしい。イベント関係の会社だが、「ぼちぼち払い戻しの問い合わせが増えてきているんです」とのこと。チケットどころではないと思うのだが、日常に戻りつつある兆しなのだろうか? 数千円でも返金してほしいという心情も十分理解できる。
 他の事務所の面々とその家族も無事と言うことで、ここでも一安心。
 その後、一番町のアーケードを通って帰る。道々、お弁当を売る人、野菜を売っている人がおり、戦後の闇市のような雰囲気を醸し出す。
 チェーンのドラックストアは、欠品情報を張り出しているが、営業しているお店が多かった。マクドナルドや吉野家、松屋は全て閉店。カフェ・ベローチェは一部の飲み物のみを販売していた。携帯電話の販売店では充電サービスを行っていた。
 美容院で、人数は限られるが洗髪を500円ほどで行っているお店が数軒合った。
 車の交通量は、思ったよりも多かった。ひいき目に見ているせいか、プリウスが目立った。市バスもそこそこ動いている様子。高速バスに並んでいた人は多かった。

 帰宅して夕食。避難所の方には申し訳ないほどの、温かい食事をとれた。食後にごろ寝をし、23時過ぎに起こされてそのまま就寝。夜中に一度地震があったが、翌朝父と弟に話すと「全く気づかなかった」とのこと。地震慣れしているのは事実のようだ。

21日
 家が損傷していなかったことと、至急の買い出しがなかったこともあり、長居は不要と9時過ぎに出発。仙台市の中心部は復旧するまで間近だと感じた。
 来たルートを引き返す。どこの道の駅だったか忘れたが、青物野菜がそこそこの値段で売られていた。ここまで買いに来られればいいのだが、ガソリンがないとどうしようもないと思い直す。
 途中、妙高の辺りで深い霧に遭遇したが、その他は順調。15時頃に30分ほど仮眠した以外は、トイレ休憩を数回とったぐらいで21時過ぎに名古屋に到着。


総括
 今回は、自分の実家へ物資を運ぶのが目的だった。結果的に物見遊山的になってしまったが、仙台の中心部はそこそこの機能を回復するまでさほど時間はかからないだろう。
 一方、塩釜や福島県の方のブログを拝見すると、まだまだ物資が足りないことが伝わってくる。おせっかいでも足を伸ばすべきだったかと思うが、現実的に届けられる物は限られてしまい、断念せざるをえなかった。
 なにより、プリウスの威力は凄かった。恐らく名古屋を満タンで出発すれば、仙台まで行って帰るぐらいは持ちこたえられそう。被災地に行かれる方は、ぜひプリウスを調達していただきたい。


 不謹慎な行動と思われる方がいらしたら、お詫びします。が、私は行って良かったと思っています。
posted by 白圭 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風評被害

風評被害って、表現は異なりますが、「差別」を受けてるのと同じゃないか?

いくつかの、特に福島の方のブログをみて、そう思いました。
義援金や、救援物資を送る以外にも、被災しなかった地域の人間にできることはあるはず!ACのCMにかみついてる場合じゃないよ、ほんと。
posted by 白圭 at 04:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

名古屋とーちゃく!

かみさんのがんばりにより、先程我が家に無事辿り着きました!

かわいこちゃんズも元気です!

どっと疲れが出たので、詳細はまた明日!
posted by 白圭 at 22:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仙台出発!

新潟経由で帰ります。
詳細は改めて!
posted by 白圭 at 09:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

新日本仙台ジム

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電気は消えてましたが、建物は壊れている箇所もなさそうです。

また来ますね!
posted by 白圭 at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

とりあえず仙台到着

家族全員の無事を、目視で確認できました!
posted by 白圭 at 14:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仙台の隣

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川崎町のローソンです。
写真なんか撮って、不謹慎で申し訳ありません。
posted by 白圭 at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

出発!

ユニットバスのシャワーからお湯が出ることに感謝しつつ・・・
posted by 白圭 at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新潟で一泊しています!

 9時にレンタカーを予約していましたが、私もかみさんも昨晩は十分な準備ができず、結局プリウスを借りられたのは10時30分過ぎでした。
 そこから、名古屋市内のホームセンターで最後の買い出し。ラッキーなことにガソリンの携行缶5リットルを2缶、ガスカセットを6本(これまで購入した分と合わせて18本)、2リットルの水を6本購入できました。きっと周りの方は「あ〜、やだやだ、買い占めだよ〜」と思ったでしょうが、全部仙台に届ける分ですから〜(^_^;

 中央道→長野自動車道→上信越道→北陸道というルートで、新潟に入ったのは21時ちょい前でした。途中米山SAでガソリンを補給しましたが、幸運にもタンクローリーが来た直後と言うことで、満タンにできました。
 それにもましてラッキーというか、驚いたのはハイブリット車の燃費のよさ!名古屋から柏崎市まで、15リッターほどの消費で済みました。15リッターでも貴重な燃料ですが、他の車で移動していたら消費量は半端無かったことでしょう。

 明日は山形を通って、仙台へ入ります。
posted by 白圭 at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月19日

今、駒ケ岳サービスエリアです

 プリウスをレンタルし、かみさんの運転で、新潟経由で仙台に向かってます。

 総理は、大連立を画策する暇があるなら、カイワレを食った時みたいに原発の近くまで行って安全を証明してくれ!
posted by 白圭 at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

みずほ銀行

 今給与引き出しに、栄の支店に行ってきました。
 店内のATMは使えましたが、給与は振込まれていませんでした。
 お客の数は、土地柄か10人もいませんでしたが、ロビーに立つ行員さんは客の倍ぐらいいました。

 キャッシュカード、免許証(住変してなかったので、名刺も添付)、給与明細を提示し、救済措置の10万円を受け取りました。
 これから、会社で残りの分をもらえるよう相談してきます。
posted by 白圭 at 11:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無知、無関心

 新潟では、先の震災で未だに水が止まってるところがあるそうです。

 浦安市は、液状化によりガスと水が止まってるそうです。うちの実家よりひどい「被災地」です。

 今度の震災、私は両親が仙台で生活しているので、情報収集にやっきになっていますが、これまでの新潟、阪神、ハイチ、ニュージーランドなどは他人事のようでした。

 今までの自分をくよくよと反省している場合ではありません。気持ちを切り替えて、今後自分に何ができるのかを考えたいと思います。
 まずは原発の是非について、かな。

 取り急ぎ私の給与振込がみずほなので、現金の確保が至急の課題です。
posted by 白圭 at 10:39| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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